pH・アルカリ度・CO2・Caの関係

海水における炭酸系の無機化学的平衡にもとづいて考えたばあい、CO2pHCaアルカリ度は次のようにバランスしています。

CO2(gas)  <->  CO2(aq)  ・・・・・・ (1) 炭酸ガスが海水中に溶ける溶解平均
CO2 + H2O  <->  H2CO3   ・・・・・・ (2)
H2CO3  <->  HCO3- + H+   ・・・・・・ (3)
HCO3-  <->  CO32- + H+   ・・・・・・ (4)
Ca2+ + CO32-  <->  CaCO3 ↓ (沈殿)   ・・・・・・ (5)

この平衡状態とは、反応が止まってしまったはけではなく、右に進む反応と左に進む反応が同じ量になって、見かけ上変わらなくなった状態のことをいいます。
たとえば、水H2Oと水素イオンH+、水酸化物イオンOH-の式は次のようになっていて

H2O <-> H+ + OH-

H2Oが水素イオンH+と水酸化物イオンOH-に分解する(正反応)量と、H+OH-が結合してH2Oになる(逆反応)量が同じ(時間と共に濃度が変化しない)状態にあるのが平衡状態ということです。で、どの程度解離するかというのが平衡定数で与えられていて、水の場合は

K  =  [H+][OH-]/[H2O] = 1.8 × 10-16  at 25℃

[]内は1mol dm-3に対する相対濃度です。

となります。つまり、H2Oが1.8 × 1016個あると1個だけH+OH-に分解することができるということで釣り合っています。水からH+OH-は、ほんの一寸しか水から解離出来ないんですね。それと、重要なことは、分離されたH+OH-のイオン積は水のイオン積と呼ばれ一定であるので、H+が増えると、OH-が減るか、増えたH+を減らすかする反応が起きます。(OH-についても同じです。)

Kw  = [H+][OH-]  = 10-14
それでは、CO2pHCaアルカリ度のそれぞれの関係を考えてみます。

●
カルシウムCa2+の増加

今、水溶液中の炭酸系は平衡状態にあるとします。ここでカルシウムCa2+が、系の外から入りCa2+の濃度が上昇すると、(5)式の平衡状態をが崩れ反応が右へ進みます。(サンゴがCa2+を吸収して骨格CaCO3を作る場合も同じなんですけどね)
Ca2+ + CO32-  → CaCO3 ↓   ・・・・・・ (5)'
この反応により炭酸イオンCO32-が消費されるため、炭酸水素イオンHCO3-から炭酸イオンCO32-を補充します((4)式)。この反応によりプロトンH+が増加しpHが低下します。
HCO3-  → CO32- + H+   ・・・・・・ (4)'
ここでHCO3-を十分持っている状態(高アルカリ度:自然の海水中にはH+の10万倍のHCO3-が存在する)であれば、(4) によって増えてしまったプロトンH+を打ち消す為に炭酸H2CO3が生成され、最終的に炭酸ガスとして大気に放出されます。結果としてアルカリ度は下がりますが、プロトンは相殺されるのでpHの値は見かけ上変化しません。(緩衝作用
HCO3- + H+  →  H2CO3   ・・・・・・ (3)'
H2CO3  → CO2 + H2O   ・・・・・・ (2)'
CO2(aq)  → CO2(gas)   ・・・・・・ (1)'
しかし、水槽という閉鎖域ではHCO3-が不足した(低アルカリ度)の状態になる場合があります。この場合、不足したHCO3-を補うために大気中の炭酸ガスを吸収し上とは反対の方向への反応を起こします。
H2CO3  →  HCO3- + H+   ・・・・・・ (3)"
CO2 + H2O  → H2CO3   ・・・・・・ (2)"
CO2(gas) → CO2(aq)   ・・・・・・ (1)"
この反応の場合は、プロトンは2H+と増加するため、pHが下がる結果となります。

● 二酸化炭素CO2の増加

二酸化炭素CO2が増加した場合はどうでしょうか?
CO2が加えられると炭酸水素イオンHCO3- とプロトンH+が生成されます。プロトンが生成されることで、pHが低くなります。
CO2 + H2O  → H2CO3   ・・・・・・ (2)"
H2CO3  →  HCO3- + H+   ・・・・・・ (3)"
このプロトンを相殺するために炭酸イオンCO32-が消費されると、炭酸カルシウムCaCO3から炭酸イオンCO32-の供給を行います。炭酸カルシウムは炭酸イオンとカルシウムイオンCa2+に分解するので結果的にカルシウムの増加とアルカリ度が上昇します。
CO32- + H+  → HCO3-   ・・・・・・ (4)"
CaCO3  → Ca2+ + CO32-   ・・・・・・ (5)"
つまり、二酸化炭素が増加することにより低pHが引き起こされますが、炭酸カルシウムから炭酸イオンを低pHを元に戻そうとする緩衝作用が働くため、炭酸カルシウムは炭酸イオンとカルシウムイオンCa2+に分解され用いられます。カルシウムリアクタはこの原理を適用したものです。二酸化炭素の添加によらなくても低pHとなれば緩衝が働きます。

●
アルカリ度の増加

ではアルカリ度が高くなった場合はどうでしょうか。HCO3-が増加したことになるわけですから、HCO3-を緩衝する働きが起こるはずです。
pHが高い場合はプロトンを供給する方向に進むので、炭酸水素イオンHCO3-が炭酸イオンCO32-とプロトンに分解され、炭酸イオンCO32-がカルシウムイオンCa2+と結合して炭酸カルシウムCaCO3になり沈殿します。この為、pHが下がり、カルシウム濃度も下がることになりす。
HCO3-  → CO32- + H+   ・・・・・・ (4)'
Ca2+ + CO32-  → CaCO3   ・・・・・・ (5)'
逆にpHが低い場合は水酸化物イオンOH-が供給される方向に進むので、炭酸水素イオンHCO3-は二酸化炭素CO2と水酸化物イオンOH-へと変化します。二酸化炭素CO2は大気に放出されるので、反応の結果pHが上がるのみとなります。
HCO3-  <-> CO2(gas) + OH-   ・・・・・・ (6)
水槽に水酸化カルシウムCa(OH)2(Kalkwasser)を添加した場合、カルシウムイオンと水酸化物に分解されるため、pHが上昇する事になります。(低pHであれば、水酸化物イオンはプロトンと反応して水になり、プロトンを消費する事でpHが上昇します)
Ca(OH)2  → Ca2+ + 2OH-   ・・・・・・ (7)
水酸化物イオンOH-が増える為、平衡化によりプロトンが消費されます。消費されるプロトンは炭酸水素イオンから供給されますが炭酸イオンも生成されるため、炭酸イオンCO32-がカルシウムイオンCa2+と反応して炭酸カルシウムCaCO3となり沈殿してしまいます。
Ca(OH)2  → Ca2+ + 2OH-   ・・・・・・ (7)
HCO3-  → CO32- + H+   ・・・・・・ (4)'
Ca2+ + CO32-  → CaCO3   ・・・・・・ (5)'
反応をまとめると以下のようになります。
Ca(OH)2 + H+ + HCO3-  → CaCO3 + 2H2O   ・・・・・・ (7)
炭酸水素イオンHCO3-が不足していると、二酸化炭素と水から炭酸水素イオンが供給されることとなります。
2OH- + CO2  → CO32- + H2O
CO32- + 2H2O  → HCO3- + H+
CO2 + H2O  → HCO3- + H+
このことから、水溶中の水酸化カルシウムは二酸化炭素と結合して直ぐに炭酸カルシウムを作り沈殿させてしまう事が分かります。(水酸化カルシウムを溶かした水溶液を大気に触れさせておくと白い沈殿物が発生するのはこの為です。
Ca(OH)2 + CO2 + H2O  → CaCO3 + 2H2O

今まで見てきたのが無機化学的平衡ですが、炭酸カルシウムCaCO3が生成(石灰化)される過程には、生物学的な過程、つまりサンゴ自身が光合成によって、CaCO3の生成(石灰化)を行う過程も存在します。
その過程を見てみると、まず光合成が行われ、水中の二酸化炭素CO2(aq)が消費されます。
6CO2(aq) + 6H2O  → C6H12O6 + 6O2 ・・・・・・ 光合成
消費された二酸化炭素CO2を炭酸水素イオンHCO3-より供給し
HCO3-  → CO2(aq) + OH-
結果としてpHが上昇するため、以下の反応がおきて炭酸カルシウムCaCO3が生成されます。
HCO3- + OH-  → CO32- + H2O
Ca2+ + CO32-  → CaCO3 ・・・・・・ 石灰化
基本的には、石灰化が起こる反応よりも光合成の反応のほうがはるかに早く、光合成の反応によって石灰化の反応が引き起こされるので、石灰化が起きてもpHが下がることはないそうです。


● おまけ

● 二酸化炭素密度の算出

炭酸ガスの海中での平衡は次のように考えられます。
CO2(gas) = CO2(aq)  ・・・・・・ (1) 炭酸ガスが海水中に溶ける溶解平均
CO2(aq) = K×Pco2   ・・・・・・ (2) 溶解平衡定数K=0.04 mol/l.atm (10℃)(溶解量はヘンリーの法則に従う)
CO2 + H2O = H2CO3   ・・・・・・ (3) 平衡定数K1A=1.8×10-3(水中の炭酸ガスの炭酸との平衡)
H2CO3 = H+ + HCO3-   ・・・・・・ (4) 酸解離定数K1B=2.5×10-4(炭酸の第1段の電離平衡)

次に式(3)と(4)から溶解している炭酸ガスの酸解離定数を求めます。

CO2 + H2O <-> H+ + HCO3-
K1 = [H+][HCO3-]/[H2CO3]
= [H+][HCO3-]/[CO2]   ・・・・・・ (5) [CO2]=K*Pco2
= K1A × K1B
= 1.8×10-3 × 2.5×10-4
= 4.5×10-7

水素イオン濃度と炭酸水素イオン濃度はpHとアルカリ度で
[H+] = 10-pH
[HCO3-] = アルカリ度 × 0.178 × 2 × 10-3

と表せます。(5)式を変形させ、pH、アルカリ度、炭酸ガスの酸解離定数を当てはめると(6)式となります。
[CO2] = H+ + HCO3- / K1
= 10-pH × アルカリ度 × 0.178 ×2 ×10-3/(4.47×10-7)  [mol/L] ・・・・・・ (6)
密度を求めるので、二酸化炭素の式量44.0098[g/mol]をかけて
[CO2] = 10-pH × アルカリ度 × 0.178 ×2 ×10-3 ×44.0098 / (4.47×10-7)
= 10-pH × アルカリ度(KH) ×3.505 ×107  [g/L]
となります。


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