硝化還元と硫酸還元

● はじめに

タンクからタマゴの腐ったような臭いがしたり、底砂が灰色から黒い色になったりした経験はありませんか?
底砂を引かない飼育スタイルの方々にはまず無縁の現象だと思いますが、ナチュラルシステムとかで底砂を厚く引いている場合には不幸にもこの現象に遭遇してしまった人もいると思います。特に酸化還元を目的としたシステムの場合は遭遇のチャンスはもっと増えることでしょう。かく言う私も、一寸したことで硫酸還元を引き起こさせてしまいました。そんな訳で、硫酸還元について少々考えてみようかと思います。

さて、このタマゴの腐ったような臭いは硫化水素(H2S)といい、かなりの毒性があり人を含めた生物にとっては危険きわまりないものです。国際火山災害健康リスク評価ネットワーク(IVHHN)硫化水素が人体に与える影響が記されています。出典により影響濃度とかが異なっているので正確にはわからないのですけれども、硫化水素の濃度が0.2ppmを超えると殆どの人が ”たまごの腐ったような臭い” を認識する事ができるようです。まあ、この程度であれば温泉などにいったときに嗅いでいる臭い程度なので人体には特に問題は無いと思うのですが、硫化水素は非常に危険な有毒ガスなので換気を良くして早めに対処する事が必要でしょう。労働安全衛生法規制値は10ppmなので、この濃度が安全値の限界と考えられます。ちなみに目への刺激がある場合は既に20ppmを超えていることになるようです。

● 窒素循環(おさらい)

硫酸還元について触れる前に、窒素循環についてのおさらいをザッとしてみましょう(詳しくは「硝化と脱窒」を見てください)。窒素循環とは、ご存じのように有機窒素→無機窒素(アンモニア)→亜硝酸→硝酸→窒素と回るサイクルの事です。

有機窒素(いわゆる餌とか糞とか死骸とかです)から従属栄養細菌により無機窒素(アンモニア)に分解されます。好気環境でアンモニアは硝化細菌(独立栄養細菌)により硝酸塩に硝化されます。この硝酸塩は硝化の最終段階でタンクに溜まる一方となるため通常では水替えによって、この硝酸塩をタンクの外へ排出します。しかし、この硝酸塩は嫌気環境において硝酸還元細菌(通性嫌気性細菌)より窒素へと還元(脱窒)させることができます。ちなみに好気環境に硝酸塩を大量に置くと「同化型硝酸還元」がおきてしまい硝酸塩から亜硝酸、アンモニアが生成てしまうこともありますので注意が必要です(脱窒が上手く働かないと「同化型硝酸還元」が起きる危険性があります)。
本来は、循環というくらいなので生成された窒素からアンモニアが生成される過程(窒素固定)があるのですが、嫌気域で硝酸が無い場合に起きるため、ホビー環境では殆ど発生しないと思われます。

● 硫酸還元と酸化

本題の硫酸還元です。硫酸還元には同化的硫酸還元と異化的硫酸還元があります。同化的硫酸還元とは、生物が必要とする有機硫黄化合物を作るための還元で、同化作用による硫酸還元のことをいいます。この有機硫黄化合物もやがて分解されるのですが、分解には2系統あって、亜硫酸をへて硫酸へ戻る好気的な分解と微生物によって嫌気的に分解され硫化水素として放出される嫌気的な分解に分けられます。同化的硫酸還元は生物がいれば日常的に行われているものなので気にする必要はないのですが、問題はもう一方の異化的硫酸還元です。
窒素循環を目論むアクアリストはLRや厚く引いた底砂など何かしらの嫌気領域をタンク内に構築していると思います。この嫌気領域には貧酸素領域と無酸素領域が存在していて、異化的硫酸還元は無酸素領域で起きる硫酸還元菌による還元です。硫酸還元菌による還元が起きるとタマゴの腐った様な臭いがしたり、底砂が灰色から黒に変色したりします。硫酸還元菌は無酸素領域で有機物をエネルギーとして硫酸イオン(SO42-)を還元し硫化水素(H2S)を生成します。この硫化水素がタマゴの腐ったような悪臭を放ちます。実際には硫化水素は直ぐに海水中にある鉄イオンと結合して硫化鉄を作るため、近辺に鉄イオンが豊富にあるうちは硫化水素は硫化鉄に変化してしまうのであまり臭いがする事はありません。臭いがするようになるのは近辺の鉄イオンを殆ど硫化鉄にしてしまってからになりようです。
さて、この硫酸還元がどうして起きるのかというと、次のような条件が必要となります。ちなみに肝心の硫酸還元菌ですが、硫酸還元菌は何処にでも潜んでいるようで、条件さえそろえば直ぐに活動が開始できるみたいです(”実は...”をみてね)。

  • 領域内に酸素が存在しないこと
  • 硝酸が存在しないこと
  • 餌となる有機物が存在していること
  • pHが6.6〜8.0位の中性から弱アルカリ性であること

ところで、なんで硝酸が関係するのかというと、還元での酸化剤は 酸素>硝酸>硫酸 の順で使われるので硝酸(NO3)が存在しているうちは硝酸還元の方が優先されるわけです。つまり、硫酸還元が起きるのには嫌気層の無酸素領域で硝酸が枯渇し、かつエネルギー源となる有機物が存在する環境でのみ、硫酸イオン(SO42-)を使って有機物を酸化してエネルギーを得る硫酸還元細菌が育ち、硫酸還元が活発なるということです。



硫酸還元について極端な言い方をすると、硝酸還元が行われている層の下では嫌気性細菌により硝酸が消費されるため、硝酸がない状態となりまので有機物さえ存在すれば、硫酸還元が発生します(硝酸還元を促進するための脱窒素菌用の餌は硫酸還元菌の餌にもなことをおわすれなく)。実際には細かめの砂を厚め(5〜6cm以上)に引いていて硝化還元が上手くいっている場合、硝化還元がおこなわれているその直ぐ下の層では硫化鉄(FeS)が生成され砂が灰色から黒に変色していて硫化水素が生成されていることが認められると思います。深部で発生した硫化水素は砂をほじくり返さない限り臭うことは殆どありませんし、有機物もそれ程豊富では無いので適当なところで安定状態になるようです。

硫酸還元で生成された硫化水素は好気層では硫黄細菌により硫化水素H2S硫黄S硫酸H2SO4と酸化され

H2S + 1/2O2 H2O + S
S + (3/2)O2 +H2O H2SO4

嫌気層では光合成硫黄細菌が硫化水素を光合成を使って炭素同化を行って、硫黄や硫酸を放出します。光合成硫黄菌は酸素があるところでは存在出来ないので無酸素域で光が届くところにしか存在出来ません。

2H2S + CO2
 →
(CH2O) + 2S + H2O


また貧酸素領域では硫化水素H2Sから酸化により亜硫酸H2SO3やチオ硫酸H2S2O3が生成されますが、これも硫酸H2SO4に酸化されます。

H2S2O3 S + H2SO3
H2SO3 + H2O H2SO4 + 2H+

硫酸は水素イオンを2つ持つ二塩基酸なのでpHが中性からややアルカリ側にある海水では生成された硫酸は解離して硫酸イオンとなります。

H2S2O4 H+ + HSO4-
HSO4- H+ + SO42-

ちょっと話がそれてしまいましたが、硫酸還元が嫌気層の深層部で起きている場合は多量の有機物も送り込まれないでしょうから、許容範囲内であり、むしろ硝化還元の手助けになる事の方が多いと思います。しかし何かの拍子で条件が整ってしまうと、有機物の大量にある砂底の浅い部分で一気に硫酸還元が広がってしまい大量の硫化水素が発生する可能性があります。


● 告白

私自身、順調に動いていたタンクで硫化水素の大量発生を引き起こしてしまいました。原因は強い水流もなく硝酸塩の濃度の低いリフジウムタンクに、何を血迷ったのかデニ××××という脱窒素菌用の餌とデニ××××という脱窒素細菌を投入してしまったことに起因するようです。推測ではあるのですがおそらく次の現象が起きたのではないかと思います。

  1. 緩い水流しかなく細かいアラゴナイトを厚く引いたいリフジウムタンクはかなり浅い所に嫌気層ができていた。
  2. リフジウムタンクは海藻などにより硝酸塩が適度に消費されてた。また、硝酸還元もたおやかではあるが確実に行われていて元々硝酸塩の濃度がかなり低かった。
  3. 脱窒素菌と脱窒素菌用の餌を投入したことにより、一気に脱窒素菌が増殖した。
  4. 脱窒素菌の増殖により一気に硝酸塩が消費され、硝酸塩が枯渇状態になってしまった。
  5. 表層近くの嫌気層には潤沢な有機物が供給されるため、硝酸還元菌が増殖しはじめた。
  6. 水流も少なく、少しずつ供給される海水は硫酸還元菌により生成される硫化水素が消費する酸素を補えず、硫酸還元菌を更に増殖させる悪循環へと陥り、大量の硫化水素の発生に至ってしまった。

これが自分なりの解釈なのだが、根拠としては

  • 硫酸還元が起きたのがデニ××××を入れた後に今までに無かったくらいに窒素が大量に放出されていたこと
  • 窒素が放出されなくなって直ぐに、底砂が黒色化し始めたこと
  • 砂の黒色が一気に進んで硫化水素が大量に発生したこと
  • 海水の供給量を上げ酸素の供給量を増やしたとたん、硫化還元層が表面から下に下がったこと

等々である。私は専門家では無いのでこれが真実なのかどうかは定かでは無いのだが、おおよそは正解だと思います。これは正常に動作している系をいじくり回してはいけないという教訓だと受け止めてはいるのだけれど、少々代償がでてしまった。


● 対策

硫酸還元を止める(許容範囲内に納める)対策というと、硫酸還元が起きる条件を潰してしまえば良いことになります。一番手っ取り早く確実なのは、タンクをリセットしてしまう事だとは思うのですが、微生物とかをため込んだ底砂を廃棄する度胸はなかなかないものです。あきらめがつかないとはいっても底全面的に硫酸還元が起きてしまっていたら諦めてリセットしてしまった方が早いとはおもいます。ただどうしても諦めがつかないのならば、リセットをする前に次の事を試して見てはいかがでしょうか? もしかすると復帰出来るかもしれません。ただし、生体が入っているタンクでは生体が死でしまう可能性があるので避難させるか、生体第一としてリセットすることをお勧めします。

その1. 酸素の供給量を増やしてみる。(例えば、エアレーションをするとかスキーマを通った海水を大量に供給するとかです)
その2. その1で駄目な場合は、出来るだけ有機物を撤去する。(例えば、デニ××××みたいな餌を取り除くとか砂底の表面にある有機物の吸い出し、水替えをするとか)
注:閉じこめられていた硫化水素が大量に放出される可能性があります。人、生体とも危険を伴うので換気や生体への配慮をお忘れ無く。
その3. pHを調整する。硫酸還元が起きると酸化が進むためpHが低下します。pHを上げてアルカリ性を維持することが必要です。カルクワッサーなどの投入も効果があるらしいです(未確認ですが)。ただし、これは根本的な改善ではありませんので他の対処をする必要があります。
その4. 硝酸が増えるのを待つ。硝酸が増えれば硫酸還元は一応落ち着くみたいです。

現実的な対策は、その1、その2ではないかと思います。その3、その4は補助的な対応でしょう。私自身の場合、その1の対応だけでなんとか落ち着いたようです。

実は...

守られる硫酸還元菌実は一寸嬉しくない話をすると、硫酸還元細菌は酸素が苦手なので素の状態で酸素に触れると死滅してしまうのですが、実際には硫酸還元菌が作り出した硫化水素や硫化水素と結合して作られた硫化鉄は酸素と非常に良く反応するため、周りにある酸素を全て還元してしまいます。これはどういう事かというと、初めは完全な無酸素域でしか活動が出来ない硫酸還元細菌は自分の周りに自分で酸素から身を守るシールドを作り出し、徐々に増殖しながら、貧酸素領域にも進出してゆくことができるということです(硫化鉄で身を守られた硫酸還元菌は有酸素域でも年単位で生存する事が出来るらしく、幾つかの固体が集まって硫化鉄に保護されているので、条件が整えば直ぐに活動を再開するそうです)。
とはいっても活動は無状態の中でのみ行われますので、有酸素域での活動、増殖は難しいようです。なので、対策の1は初期段階ではとりあえず有効ではないかと思います。
 


参考になったかならないははよく分かりませんが、一応これでおしまいです。


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